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学長 平成30年度入学式式辞

 
 
  本日ここに平成30年度の入学式を挙行するにあたり、北海道教育大学の教職員を代表して一言ご挨拶申し上げます。
北海道教育大学の学部、大学院、養護教諭特別別科に入学を許可された皆さん、入学おめでとうございます。また、ご臨席いただきましたご来賓の皆様、後援会、同窓会の皆様に心から御礼申し上げます。そして、入学されたお子さんをこれまで見守り、支えてこられた保護者の皆様には、心よりお慶びを申し上げます。
  本年度は、学部1,243名、大学院118名、養護教諭特別別科21名の、合計1,382名が本学に入学いたしました。本学は単科の教育大学としては、日本で最大規模を誇る大学です。皆さんはそのうちの一人として、これから社会に出て地域や日本を背負って立つための学びを本学でスタートさせることになります。

 
  北海道教育大学は、教員養成課程、国際地域学科、及び芸術・スポーツ文化学科から構成され、それぞれの人材養成を行っています。
  教員養成課程については多くの説明は必要ないかもしれませんが、学習指導要領が変わることにより、皆さん自身が学んできたことを前提にするだけでは教壇に立てません。これからは全ての教科等を通じて、知識・技能の習得を図るだけでなく、その中で思考力・判断力・表現力を育て、また、子ども自らが学びに向かう力や人間性を涵養する教育をデザインできなくてはなりません。新しい教科に対する指導力も必要です。さらに学校全体として学習効果が最大化されるような、カリキュラム・マネジメントを確立することも求められ、教育活動全体を俯瞰する力も必要です。
  教員という職は、社会から色々なことが求められる職業です。それだけに期待もされているということです。加えて、高度な専門職だということを肝に銘じてほしいと思います。教員養成課程に入学した皆さんは、教員になるために極めて多岐にわたる学問の専門的知識と理論を吸収し、それらを活用しながら実践の訓練を積んで、経験知を増やすことになります。しかも、学問、理論、教授法などは常に内容が更新されていきますから、学び続けることも求められます。皆さんは、これから学ぶ専門的知識と技能、経験を自分の中で構造化して関連づけ、いつでも取り出せるように整理しながら学修を積み重ねていくことが大切です。そうすることにより、初めて直面する課題にも、一つのキーワードをもとに関連する知識・技能・経験を引き出して、最善の対応策を講じることができるようになります。
  広い分野の学問が基礎になっていること、それらを活用する臨床的な訓練を必要とすること、多岐にわたる知見を動員して瞬時に判断することが要求されること、さらには常に学び続けなくてはならないことなど、それらは教職がいかに高度な専門職であるかということを示しています。自分の目指す職に誇りを持って、これからの勉学に励んでもらいたいと思います。
  教職は、人の成長を助ける尊い職であり、自分自身の努力が必ず報われる職であり、それだけにやり甲斐のある職だと思います。それを目指した気持ちを大事にしてもらいたいと思います。

  国際地域学科と芸術・スポーツ文化学科は、それぞれ地域学と芸術・スポーツ文化学を学問の基礎におき、その応用により地域社会を作り上げていく人材を養成します。
  人口減少、少子高齢化、Society5.0への対応、あらゆる面で急速に進むグローバル化などに基づく、様々な課題が地域に生じています。それらに対して、地域の歴史・伝統文化、経済・地理・自然環境など、人々の暮らしにまつわる様々な観点から地域を見直し、再評価を行って、その地域をどう再生・活性化するのが一番いいのか、あるいは新しい社会にどう対応するかを考え、それを実行する力を身につけた人材を地域は求めています。
  黒野伸一の『限界集落株式会社』という、過疎化・高齢化により消滅しかかっている小さな集落を復興させるという小説があります。
  著者が主人公にこう言わせています。
  人口が百人にも満たない、中山間地域で何ができるのか?という問に、
 

  「(前略)…本当にやる気があって、先見の明があるやつは、他人が二の足を踏む分野で勝負をかけるもんだ。…デメリットをメリットに変えるのが、経営の要諦だよ。」
  「人間、平地に住んでると、考え方がチマチマしてくるじゃないか。」「ところが、ここはどうだ。下界を鳥瞰できるんだぜ。遠くを見渡せるんだ。未来があの峰の向こうに見えてくるとは思わないか。人間は本来、平地だけでは満足できない生き物なんだ。テーマパークにだって、わざわざ人工の山を造ったりするだろう。なのに、どうして中山間地域だのと疎まれなきゃならないんだ?おれたちは、ここに住んでいることを、もっと誇りに思うべきだ。」「だからおれは止村を見捨てたくはない。この村に昔の元気を取り戻してみせる。…(以下略)」

黒野伸一(著):『限界集落株式会社』(小学館出版/2011.11.25)より引用

  これはあくまでも小説の世界ですが、“地域の良さを見直し、再評価するという視点”、それは、何よりも自分自身がその地域に誇りを持って何とかしなければという積極的な態度とやる気を生むということ。“物事を俯瞰的に見ることの大切さ”、ゆえに多様な学びが必要で、それにより先を読む力も生まれるということ。そして“新たな視点から発想し直す革新的な姿勢”といった、これから身につけておくべき観点が主人公の言葉に散りばめられているように思います。国際地域学科に入学された皆さんは、そういうことを現実の社会で行っていく貴重な人材となります。

  地域の課題に、芸術とスポーツが本来的に持っている社会的な力、わかりやすく言えば、人を癒し、慰め、励まし、元気づけ、つなぐという文化的な力、それをどのように活用して地域を創生していくのか、そのことを学問として、またビジネスの発想と方法を取り入れた実践により具体的に学ぶのが芸術・スポーツ文化学科ということになります。
  平成27年に、メキシコのストリートアートプロジェクトが地域の治安改善に役立ったというニュースがありました。治安の悪さが問題になっていた、メキシコのある村の丘で、200世帯ほどの家の壁を、レインボーカラーに塗り替え、村全体をひとつの大きなアートに変えてしまったというものです。あるアーティスト集団が指導しながら、地元の子どもや若者を巻き込み、住民との共同作業を進める中で、住民間の会話が活発になり、コミュニティへの愛着が育ったことにより治安が改善されたということでした。自分が住む環境の美しさと色の持つ力が、「自分たちが町をつくる」という住民の心を活性化したとも言われています。集団で描くということの意義を再認識する機会となりました。
  芸術・スポーツ文化学科に入学した皆さんはそれぞれに得意な分野を持っているわけです。芸術家やアスリートを目指す人もいるでしょう。そこまで至らないとしても、自分の得意とする能力を伸ばし、加えてその社会的な力を活用するための土台となる理論をしっかり学んで、その力を活かせるようにビジネスの発想と実践力を磨いて欲しいと思います。土台がしっかりしてさえいれば、応用力や柔軟性は付いてきます。

  地域は、両学科に入学された皆さんの力に期待しています。それぞれの専門を深め、実践力を鍛えて、将来皆さんが住むことになる地域を生き生きとした町に造りあげていって下さい。

  二つの学科が、研究と教育により地域に貢献していくことは、教員養成課程の学生にも大きな意味を持ちます。地域課題解決のための取り組みとその成果は、地域学習の生きた教材となり、音楽・美術・スポーツの社会的包摂機能が人の生き甲斐づくりや健康づくり、そして地域・まちづくりに役立つという研究は、音楽・美術・体育の意義をより深く理解するための材料となります。つまり、北海道教育大学は、より幅広い知識を持った教員を養成できることを意味します。このことは1課程2学科からなる本学の大きな特色です。

  大学院に入学された皆さんは、教科や教職に関する専門的知識を深めると同時に、何よりも研究力を磨くことになります。具体的な教育課題に取り組み、その根本原因がどこにあるかを理論に基づいて探りながら、課題を改善するための実践を行って、それを客観的に評価・検証するなど、客観的な根拠に基づいて議論・考察する力を鍛えます。言葉を換えると、理論と実践を往還しながら、実践的な指導力をさらに伸ばす経験を積みます。大学院修了後は、その力を自分自身の実践にとどめるだけでなく、学校全体の様々な課題解決に応用するなど、リーダーとして活躍することが期待されています。

  いきおい、しっかり勉強してもらいたいという話になってしまいました。やっと大学に入って、これから新しい友人とともに少しは大学生活を楽しもうと思っていたところに水を差す話だったかも知れません。それは私が話すからそう聞こえるわけです。今ここで小さな子どもたちが、笑顔で、純粋に夢を語りながら、「だから勉強しなきゃいけない」という話をしたなら、皆さんの気持ちはちょっと違うかも知れません。
  皆さんは「世界の果ての通学路」という、数々のドキュメンタリー賞を受賞した映画を知っているでしょうか。通学に苦労している4人の子どもたちとその兄弟が主役です。一人だけ紹介します。
  インドの13歳の少年、サミュエルです。彼は足に障害があり歩くことができません。二人の弟が兄を車椅子に乗せて、一人は引っ張り、一人は後ろから押して学校まで通います。車椅子といっても、全体が古く錆付いていて、タイヤの空気も保てないほど車輪がゆがんでおり、舗装などされていない砂地やでこぼこの、4キロもある道を、毎朝1時間15分かけて通学します。学校に着くと、友達がすぐに寄ってきて、彼の車椅子を持ち上げながら教室まで運びます。それが当たり前になっています。
  紹介できないほかの三人は、ケニアの、野生動物と隣り合わせの、命がけで進む15キロの通学路、モロッコの、山を越えなければならない22キロの通学路、アルゼンチンの、山岳地帯を馬で通う18キロの通学路、そんな、想像を絶する困難さを抱える通学路を子どもたちが通っています。
  それにも関わらず、学校に行くのを厭がる子はいません。そうまでして彼らを引きつける学校、あるいは勉強するということは、一体どんな意味を持っているのでしょうか。サミュエルは、「うちは貧乏だけど学校に行かせてくれる。だから頑張らなきゃね。」「何も持たずに生まれ、何も持たずに死ぬ。それが人間だよね。将来は医者になり、僕のような子どもを歩けるようにしてあげたい。それが僕の夢。僕のゴールだ。そう決めてるんだ。」と笑顔で語りかけてきます。
学校は、彼らにとって夢を叶えるための場所だったということです。まだ子どもの夢に過ぎないと、冷めた目で見ることもできますが、子どもたちは純粋に、勉強によって夢が実現できると信じて勉強しています。また、困難を抱えているほど、学ぶことへの意欲が強くなるのではないかということを暗示しているようにも感じました。
  昨年12月の朝日新聞にも同じようなことを示す記事がありました。「アレッポ がれきの中に咲く笑顔 制圧1年 学校に子ども戻る」との記事です。シリアのアレッポで激しい戦闘により通学できず、自宅で4年間過ごした中学1年の女子生徒が、「学校で勉強できるようになって、とても幸せ。人の命を救うため、将来は医者になりたい。」と記事にありました。戦闘が止み、友達と会えるようになった喜びも、もちろんあるでしょう。その一方で、自分が人のために尽くすという夢を、勉強することで叶えたいという強い意志も感じ取ることができます。
  本日北海道教育大学に入学した皆さんには、世界には今紹介したように、困難を抱えながらも、夢を実現するために懸命に勉強している子どもたちがたくさんいることを忘れず、あなた方の「学校の先生になりたい」「地域の役に立つ力をつけたい」という所期の思いを純粋に追い求めてもらいたいと願っています。本学の先生方も、もちろん協力します。どのキャンパスでも、先生と学生の距離が近く、卒業まで親身になって応援します。

  本学は、皆さんの課外活動や留学も積極的に支援しています。課外活動等には後援会からも多大な支援を受けています。保護者の皆様方に感謝申し上げなければなりません。学生のサークル活動やボランティア活動、海外研修などに後援会費を有効に使わせていただいております。後援会に対するご理解・ご協力、大変ありがとうございます。
  さらに、多くの企業・団体、同窓会、保護者の皆様、教職員から寄付を賜り、それを「北海道教育大学基金」として修学支援事業、この中には経済的理由により修学が困難な学生を支援する半期の授業料減免事業と奨学金給付事業、さらに海外留学支援事業が含まれています。そのほか、育英事業、表彰事業、キャンパス指定事業、附属学校・園支援事業等に使わせていただいております。今後益々、様々な面での学生支援が必要になるだろうと考えています。今後ともよろしくお願い申し上げます。

  それでは、皆さんが充実した学生生活を送れることを祈念して、私からの式辞といたします。本日は本当に入学おめでとう。

 


 
      
   平成30年4月2日
      北海道教育大学長 蛇 穴 治 夫
 

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