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学長 平成31年度入学式式辞

 
 
  本日ここに平成 31 年度の入学式を挙行するにあたり、北海道教育大学の教職員を代表して一言ご挨拶申し上げます。
  北海道教育大学の学部、大学院、養護教諭特別別科に入学を許可された皆さん、入学おめでとうございます。また、ご臨席いただきましたご来賓の皆様、後援会、同窓会の皆様に心から御礼申し上げます。そして、入学されたお子さんをこれまで見守り、支えてこられた保護者の皆様には、心よりお慶びを申し上げます。
  本年度は、学部 1,242 名、大学院教育学研究科 90 名、養護教諭特別別科 37 名の、合計 1,369 名が本学に入学いたしました。これからそれぞれ別のキャンパスで学ぶことになりますが、皆さんは 1,369 人のうちの一人として、本学での新たな勉学をスタートさせることになります。その門出にあたって、これから大学で学んで欲しいことについて話してみたいと思います。
 
  先日、268g で生まれた男の子が、自分の力で母乳を飲むことができるようになり、3,238g まで成長して退院したことがニュースとなりました。高度な医療に驚くとともに、医師・看護師の懸命な処置と対応に、私は心の中で拍手を送っていました。そして何よりも、不安と戦いながら毎日我が子の成長を見守っていたご両親の、退院を迎えた時の喜びを思うにつけ、テレビ画面に映る男の子を見ながら、すくすくと元気に育ってほしいと思わずにはいられませんでした。

  突然何の話だろうと怪訝な思いにとらわれていると思いますが、実は、今日私が話そうと考えていた二つのテーマと重なるものがあります。
  まず第一に、人はそもそも未発達なまま生まれてくる生き物だという事実です。出産の時から人の手を借りなければならず、長い時間をかけて面倒を見なくてはなりません。この中で教師という職に関わることになる皆さんに、このことを話の出発点にしようと考えていました。
  もう一つは、この報道に自らの経験や想像を重ね、多くの人は不安と喜びに共感する気持ちを抱いたのではないでしょうか。その「共感する」という、生物としてのヒトが持つ特性が、本学の二つの学科における学びと社会貢献上の意味をもたらす基礎になっているということを紹介したいと考えていました。
 
  さて、人がそもそも未発達なまま生まれてくるということを、『サピエンス全史』という本を著したユヴァル・ノア・ハラリという学者が面白い表現でこう書いていました。
「人間は、溶融したガラスが炉から出てくるように子宮から出てくるので、驚くほど自由に曲げたり伸ばしたりして成形できる。」。
  つまり、いかに育てるのかによって、どんな社会にも順応させることができる柔軟性を持って生まれてくるということ、言葉を換えると、教育ということの必要性と重要さ、さらにはその危うさをも比喩的に表現しています。
  教員養成課程、そして養護教諭特別別科に入学する皆さんは、子どもの成長と発達を促す、意図的な営みを実践するための、極めて多岐にわたる理論と実践方法を学ぶことになります。大事な「教育の意図」については、日本では基本的に学習指導要領の中に書かれています。しかしながら、教育学部という場に身を置くことになった皆さんには、人が教育するということの本質を理解してほしいと思うし、それを踏まえた教師の使命というものについて自分なりにじっくり考えてほしいと思います。
  少し具体的な話をします。本学の教員養成課程では理論と実践の往還を一つの柱にしています。子どもと実際に触れあう時間がたくさんあります。それを有意義な学びの場とするために、並行して学ぶ理論や多くの事例が、自分の実践にどのように活かすことができ、どの辺に限界があるのかを客観的に評価できるようになって欲しいと考えています。
  それができれば、理論がつまらなく、また役立たないものという考えが頭から抜け、納得感のある学びに変わります。そのことは、臨機応変な実践的力が育つ基礎固めにつながっていくと思います。結局は知識・理論とそれを活用した実践が一体化していなければ教育という営みにならないということです。
  学校という場を思い起こしてみると、皆さんも経験があると思いますが、多様な子供を預かって教育している以上それに応じた出来事が色々と起こりますちょっとした子どもの変化やクラス全体の空気の違いを感じ取るなど問題につながりそうな芽を摘む感覚を研ぎ澄ます努力をしておくことも必要ですいじめなどの兆候を見逃していましたでは済まされません異動するたびに子どもも変わります教師は学び直しの連続です。
  このように考えてみると教師という職は、医師や弁護士と同じように「教育に関する高度な専門職」だと言えます。教員免許を持たない人とそれを獲得した自分は違うぞというだけの、立派な教師を目指してくれることを願っています。まとまった時間がとれる長期休暇には、一冊にまとまった専門書に挑戦してみたり、学校ボランティア、あるいは博物館・科学館・動物園ボランティアなどで、子ども理解に努めるのもいいと思います。
  教師になるまでの難しさを少し強調してしまったかもしれません。しかし、教師を目指している皆さんなら、教師という仕事に喜びがあることも、また、やり甲斐があることも、これまで自分を導いてくれた教師の姿に、感じ取っていると思います。ぜひ夢を追い続けてください。
  付け足しかもしれませんが、教員養成教育に関して、国全体が今改革に取り組んでいるところです。本学も、皆さんの教師を目指す気持ち、そしてさらなる資質向上を目指す気持ちを受け止め、皆さんを鼓舞するような教育で応えていかなければならないと思っています。お互いに頑張りましょう。

  「共感する」という人間の特性に話を移します。学術的な用語を使えば「情動伝染」「感情移入」「認知的共感」など、段階と種類の区別がありますが、ここでは深くこだわらないで話を続けます。
  私たちは、震災で被災された人々の、途方に暮れた気持ちや、オリンピック・パラリンピック選手の活躍と勝利の喜びに共感し、涙することさえあります。選手のひたむきな努力、そして挫折と苦しみを乗り越えての勝利に、自分の経験を重ねて共感するからこその感動の涙なのではないでしょうか。
  一方で、「共感できるかどうかは、相手にどんな感情を持っているかに左右される」と考えた人もいるでしょう。そういう人でも、自分の好きな歌の詩や絵画・彫刻・アニメ・ダンスに共感することならあるのではないですか。
  少し別な問題として、日本文学者であるロバート・キャンベルさんが言う「『共感』の危うさ」という問題は存在しています。つまり共感できない人の排除、あるいは共感し合う者同士が硬い殻の中に閉じこもるという問題です。そういう面があることも認めた上で、ヒトという生物が進化する上では共感が重要な遺伝形質だったことをうかがわせる証拠があります。
  例えば、発達心理学者、ポール・ブルームによる『ジャスト・ベイビー』という本によれば、人間には赤ちゃんの時から共感と思いやりがあるということが、実験的に示されているということです。生まれて間もなく共感と呼べるものを発揮できるとすれば、人が共感するという神経回路をつくるための遺伝的な要素を、進化の過程で受け継いできたということを示唆しています。  人類の中でホモ・サピエンスというヒトだけが今生き残っていることに、共感が重要な役割を果たしたという考え方があります。それが人間社会の秩序や公平性、助けあいなどの基盤となる重要な心的機能だということです。
 
  さて、「共感」ということにこだわった話が長くなってしまいましたが、函館校と岩見沢校の学科に入学された皆さん、皆さんが学ぶ「地域学」や「芸術・スポーツ文化学」を活用して、地域を元気にする実践力を獲得する学びとは、共感と密接な関わりがあります。
  つまり、共感できるからこそ他者が置かれている状況―通常は何らかの課題を抱えていること―を理解し、その課題が生じていることの因果関係を推測し、それを改善・解決する方法を探って実行に移すことができる、という意味です。
  少し実例を紹介しましょう。函館校のある専攻では「多様な文化・価値観・背景を持った人々とコミュニケーションする力」を育成することを一つの目的としています。その中で、ある学生の皆さんは、「戦後最悪の難民危機」と言われる世界の状況をどうしたら自分たちの問題として共感的に捉えることができるか、地域社会に伝えていくにはどうしたらいいか、国連難民高等弁務官事務所と連携して学習会や交流活動を重ねています。
  岩見沢校でも、「心に響くとはどういうことか」を追求し、 音楽文化専攻の学生の皆さんは、タイ舞踊の魅力を発信する活動を行いました。その中では、学生さんがタイの民族・文化・宗教の理解を基礎として、心に響く―それは共感を呼び覚ますということでしょう。それを―舞踊の表現として、指先まで洗練された美しさを追求したと聞いています。また、スポーツ文化専攻の学生の皆さんは、「アダスポ!岩見沢」という体験型イベントにより、車椅子競技 3 種とブラインドサッカーなどのアダプテッド・スポーツのブースを設けて参加者の体験的理解を進める活動に携わり、障がいのある人たちの生活を豊かにするという共感の輪を広げる可能性について学んでいました。
  このように、学科の皆さんは、ヒトという人類の中で一種だけ生き延びた生物が持つ心的機能を、自分たちの実践の基礎に置いて社会に貢献するという役割を持つことになります。人間社会にとって重要な役割を演じるということです。大学では技術的なノウハウだけでなく、人を理解するということを中心に、豊かな教養を身につけてくれることを願っています。将来必ず必要となります。

  最後になりますが、本学は、皆さんの課外活動や留学も積極的に支援しています。後援会からはそのための多大な支援を受けています。保護者の皆様方に感謝申し上げなければなりません。
  さらに、同窓会、保護者の皆様、教職員、そして多くの企業・団体から寄付を賜り、それを「北海道教育大学基金」として修学支援事業や育英事業に使わせていただいております。今後益々、様々な面での学生支援が必要になるだろうと考えています。今後ともご理解の上よろしくお願い申し上げます。

  それでは、皆さんが充実した学生生活を送れることを祈念して、私からの式辞といたします。本学への入学本当におめでとう。

 


 
      
   平成31年4月2日
      北海道教育大学長 蛇 穴 治 夫
 
本文に掲げた文献等の出典は以下の通り。
●『サピエンス全史(上)―文明の構造と人類の幸福』、ハラリ, ユヴァル・ノア著、柴田裕之訳、河出書房新社、2016。
●『ジャスト・ベイビー―赤ちゃんが教えてくれる善悪の起源』、ブルーム, ポール著、竹田円訳、NTT 出版、2015。
●森千香子「『理解』共生に欠かせない視点」(石戸諭「ロバート キャンベルさんが語る『共感』の危うさ」、ハフポスト、3 月 14 日)、朝日新聞の論×論×論(2019 年 3 月 31 日)より。

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