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大学紹介令和4年度学位記授与式式辞

 学長式辞を述べる式辞                        

 北海道に住む人間にとって待ち遠しかった春、その気配が次第
に深まってきました。日増しに長くなる明るい春の日差しを浴び
ていると心が和みますが、一方で3月は人との別れの季節でもあ
り、皆さん一人一人の心の中にも、今、様々な思いが去来してい
ることと思います。そのような中、令和4年度の学位記授与式を
このように迎えることができ、心から喜ばしいと感じています。
式を挙行するにあたり、北海道教育大学の教職員を代表して、卒
業生と修了生の皆さんにお祝いと期待の言葉を述べたいと思います。

 後援会、同窓会をはじめとする来賓の皆様方、そしてご家族の皆様方、本日は皆様方のご臨席を賜り学位記授与式を挙行することができました。このように卒業生・修了生の成長を感じ取りながら社会に送り出すことができますことを、皆様方と共に慶び、また祝福したいと存じます。

 学部を卒業する皆さん、そして養護教諭特別別科並びに大学院を修了する皆さん、本当におめでとうございます。これからは皆さんが日本の社会を支え、牽引していくことになります。子どもの教育、地域の発展のため、どうかよろしくお願いします。共に頑張りましょう。

 本日の式に出席している皆さんの中には、これから教職大学院に進学して、教師としての専門的知識・技能を深め、そして実践的な指導力と研究力を高めてから現場に出ようと考えている人もいます。進学する人は、学部での学びを基礎として、ケース・スタディなどを通じて教育現場に生じている問題の本質を捉え直しながら、一方では自分の実践を試み、改めて実践を支える理論的裏付けの重要性を納得し、理論と実践の構造化を図ることになるでしょう。そのようにして身につけたものは、教育という営みを俯瞰的に捉えながら、どのような課題にも適切に対応できる力へと昇華し、皆さんが子どもから信頼を受ける教師として頑張るための糧になると思います。自分をさらに磨いてください。期待しています。

 さて、学部を卒業する人はこの3年間、養護教諭特別別科と大学院を修了する人は1年あるいは2年間、コロナ禍の影響を受け続けての大学生活でした。
 人から「おめでとう」と言われて素直に喜べない人がいたとしても、その気持ちを理解することはできます。実際、「コロナに奪われた青春の時間」(注1)と表題の付いた新聞の投書に目が留まり、それを読んでしばらく考え込んでしまいました。書いたのは大阪府の大学3年生ですが、コロナ禍に対し自分ではどうすることもできないことへの苛立ちや怒りを、理性で抑えながらこう綴っていました。
 「授業の大半がオンラインになった1回生の時には、友人と呼べる人はついぞできなかった。」
 「周りの大人が口にしてきた『青春』を見つけることができないでいる。」
 「全国旅行支援やコロナ給付金では補うことのできない輝かしい貴重な時間が失われたことを、大人たちには分かって欲しい。」
 この悲痛な叫びは決して投稿者だけの思いではありません。「一般社団法人 日本私立大学連盟」が行った学生アンケートでも、58,000人を超える学生が回答を寄せ、その24%が「大学での友達ができないこと」に不安や不満を募らせていました(注2)。学生の精神的な苦痛の深刻さが伝わってきます。発生初期の段階で人々に恐怖を植え付けた感染症なだけに、今でも受け止め方の程度は人それぞれであり、感染の恐怖を簡単に消すことはできません。
 ただ、公表されているデータを見る限り、重症化率の低下が認められるようなので、引き続きコロナに対する正確な情報を共有することを継続しながらも、できる限り恐怖心を沈めて希薄になりかけている人間関係を回復させるべく、豊かなコミュニケーションを取り戻していくことが望ましいように思います。

 このようにコロナに振り回された3年間でしたが、国内外にはまだまだ気になるニュースがあります。私にとって「軍事侵攻」、「特殊詐欺」などは、人間性というものについて考えさせられるニュースでした。
 ノーベル賞作家のスベトラーナ・アレクシエービッチという人が「人間から獣が這い出している」と、実に巧い表現で、軍事侵攻に荷担する人間が、人間性を失って変貌していく様を捉えていました(注3)。これは、ウクライナ侵攻後、軍が占領した街で民間人を殺害するなどの残虐な行為が繰り返されたことに対して、もはや人間の所業ではないということを述べたものです。『銀河鉄道999』、『宇宙戦艦ヤマト』を書いた松本零士さんも、「戦争は人間を鬼にする」ということを、お父さんから聞かされたと話されていました(注4)。一旦戦争が始まってしまえば、それに動員される者は、人に武器を向け、否応なしに人間性が奪われる事態に見舞われるということを、子どもだった松本さんにわかりやすく端的に伝えたのだと理解しました。
 特殊詐欺にしても、自分は直接手を汚すことなく見ず知らずの他人に詐欺行為を働かせ、時に殺しをしてまで金品を奪う、さらに、そういった“闇バイト”に応ずる人間がいるなど、私には人間の仮面をつけた鬼畜の所業にしか思えません。
 しかし目を転じれば、バングラデシュにお金を送る人、この度のトルコ・シリア地震への救援のためにと寄付をする人がいます。その多くは自分の寄付行為を誰にも語ることなどしていません。そのような人は、人から感謝されることさえ期待していません。コロナ禍の下で皆さんに救いの手を差しのべてくれた近隣住民の方々だって同じです。このように自分を犠牲にしてでも他人のために利益を与えるような行為ができるのはヒトという生き物だけです。
 皆さんは『サンタクロースってほんとにいるの?』という絵本をご存じでしょうか。昨年末に、この絵本の文を書いた著者に対するインタビュー記事― それには「誰かのために何かしたい サンタの心は誰にでも」という見出しがついていました― 私はその記事に引き込まれました(注5)。その中に、3歳の息子さんに関するエピソードが紹介されています。クリスマスの朝、息子さんが自分の枕元におもちゃがあることを見つけて喜んだ後、両親の枕元には何も無いことに気付き、自分がもらった積み木を分けて慰めてくれたのだそうです。
 3歳です。…誰からも教わったわけではないでしょう。…この逸話を紹介しながら、
「与えられれば、今度は与える側に回る。人間は順繰りにそうやってきたのです。」と語り、
 そのときのことを思い出しながら絵本を書いたのだと打ち明けています。そして、後に息子さんに
 「サンタってうそじゃないの?」と聞かれて、
 「サンタの気持ちを受け継いでサンタになりたい人がたくさんいて、 なってるの。だからサンタはいるよ。」。
 迷うことなくそう答えたそうです。絵本の本文は、
 「サンタクロースはね こどもをよろこばせるのが なによりの楽しみなのさ」
 「だって 子どもが幸せなときは みんなが幸せなときだもの」
 「サンタクロースって ほんとにいるよ」
 「世界中 いつまでもね」となっています(注6)。

  (札幌校・旭川校・釧路校)
 この春教師になる人、あるいは来年以降になろうとしている人、…子どもの好奇心を刺激して、励まし、勇気づけ、知ることの面白さを味わわせ、その子だけが持っているいいところを見つけて喜ばせてやってください。みんなが幸せになれます。教師という職は尊く遣り甲斐のあるものだと思います。

(函館校)
 この春教師になる人、そうでなくても社会に出て何らかの形で子どもとの関わりを持つことになったら、…子どもの好奇心を刺激して、励まし、勇気づけ、知ることの面白さを味わわせ、その子だけが持っているいいところを見つけて喜ばせてやってください。みんなが幸せになれます。教師という職はもちろんのこと、社会全体を元気にするために働くことは尊く遣り甲斐のあることだと思います。 

(岩見沢校)
 皆さんの中には、これから社会に出て何らかの形で子どもとの関わりを持つ人もいるでしょう。そのときは、子どもの好奇心を刺激して、励まし、勇気づけ、知ることの面白さを味わわせ、その子だけが持っているいいところを見つけて喜ばせてやってください。みんなが幸せになれます。

 絵本の著者は、
 「誰でも、無条件に誰かのためになることをしたいという心性を持ちながら、普段は眠らせている。」
 「その、人と人を繋ぎ豊かな関係を作ろうとする心性を、サンタという存在が体現しているのではないか。」とまとめられていました。
 今述べた寄付とサンタの話は人間が持つ「利他性」のことを言っています。進化生物学者であり、その立場から動物の行動を研究対象としたリチャード・ドーキンスの言葉を借りれば、
 「純粋で、私欲のない利他主義…それは世界の全史を通じてかつて存在した試しのないものである。しかし私たちは、それを計画的に育成し、教育する方法を論じることさえできる。」ということになります(注7)。
 人とは、本来こんなに素晴らしい生き物なのです。人間性を失って獣や鬼になる人間を生まない社会を築き、利他的な人間を育成する努力を皆で続けていきましょう。利他的な人間は、お互いに役に立つ情報を共有しようとします。利己的な個体だけが存在する集団を想像してみれば、どちらが持続性のある平和な社会を構築できるか明らかだと思います。
 先に述べたノーベル賞作家は、
 「作家は『人の中にできるだけ人の部分があるようにするため』働くのです」と述べています。
 皆さん、文学に親しみ、芸術に浸り、スポーツを通じて発散しながら利他主義という人間性を失わない生き方を貫き、そしてそれぞれが本学で育てた「教育マインド」を使って、子どもたちや地域の人たちにそれを伝えていきましょう。

 北海道教育大学で学んだ皆さんは私にとって誇りです。期待もしています。皆さんにとって、大学あるいはキャンパス所在地域はどのように心に刻まれたのでしょうか。何か思い出ができましたか。そこに住む人々、文化、歴史、自然、そして大学、…好きになったものがあったなら嬉しく思います。またこの地域、そしてキャンパスを訪れてください。

 最後になりますが、後援会及び同窓会の会員の皆様、また経営協議会委員の皆様、保護者の皆様、そして地域住民の皆様には日頃から本学の教育・研究にご理解を賜り、様々な形でのご支援をいただいているところです。北海道教育大学基金・修学支援事業への厚いご支援を賜りましたこともその一つです。心より感謝申し上げます。
 卒業・終了される皆さんも実際に様々な形で支援を受けたと思います。そのことに対する感謝の気持ちを忘れず、これからの人生を送って欲しいと思います。皆さんの活躍を期待し、応援しています。

 学位記授与式に参加する卒業生・修了生の皆さん                                     
                                






         令和5年3月15日                                   
          北海道教育大学長 蛇穴 治夫


                               

注1 岡田祐依(大阪府 21)、朝日新聞、声、2022年12月30日。
注2 一般社団法人私立大学連盟、『新型コロナウイルス禍の影響に関する学生アンケート報告書(概要版)』、2022年9月(Web上に公開(令和5年3月27日現在で確認)https://www.shidairen.or.jp/files/topics/3680_ext_03_0.pdf)。
注3 朝日新聞、2023年1月1日、「誰もが孤独の時代 人間性失わないで」。
注4 TBS NEWS DIG(https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/342289?display=1(令和5年3月27日現在で確認)):TBSテレビ報道特集(2023年2月23日(木) )記事「『地球人同士が戦争している場合じゃない』松本零士さんが生前に語った戦争を描き続けた理由」。
注5 朝日新聞、2022年12月18日、「誰かのために何かしたい サンタの心は誰にでも」。
注6 てるおか いつこ 文 / すぎうら はんも 絵、『サンタクロースって ほんとに いるの?』、福音館書店、1982年10月01日。
注7 リチャード・ドーキンス、『利己的な遺伝子』(日高 敏隆, 岸 由二, 羽田 節子, 垂水 雄二 (翻訳))、紀伊國屋書店、1991年2月28日。

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