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学長 平成28年度入学式式辞

 本日ここに平成28年度の入学式を挙行するにあたり、北海道教育大学の教職員を代表して一言ご挨拶申し上げます。

 北海道教育大学の学部、大学院、養護教諭特別別科に入学を許可された皆さん、入学おめでとうございます。また、ご臨席いただきましたご来賓の皆様、後援会、同窓会の皆様に心から御礼申し上げます。そして、入学されたお子さんをこれまで見守り、支えてこられた保護者の皆様には、心よりお慶びを申し上げます。
 本年度は、学部1,229名、大学院128名、養護教諭特別別科20名の、合計1,377名が本学に入学いたしました。単科の教育大学では、日本で最大規模を誇る大学です。皆さんはそのうちの一人として、これから本学で学んでいくことになります。

 新入生の皆さん、今あなたの隣に座っている人とはもう話をしましたか? 情報交換は済ませましたか? 人見知りでまだだという人もいるでしょう。これからの新しい環境で、新しい仲間や教員との出会いが待っています。隣の人とは専攻が違うかも知れませんが、新しい関係づくりを行っていく第一歩と思って、折角ですから仲良くなってください。
 あなたの周りには、あなたを支えてくれる友人や教職員が必ずいます。心配しないであなたが選んだ目的に向かって新たな勉学に励んでください。将来、卒業・修了を迎えたら、ある意味、社会に放り出されるわけですから、自信をもって社会に踏み出し、生き抜いていけるように、これから自分自身を鍛えることも大切です。
 さて、北海道教育大学に入学された皆さんに、「勉強する」ということの意味を考えてみる一つのきっかけになる話と、「教える」という行為の起源について話してみようと思います。
 また勉強の話か…と、思いましたか?皆さんにとって勉強は苦痛ですか?
 実は、高校までの私は興味のある科目ばかり勉強していました。大学に入ってみたら、私の苦手な人文・社会科学系の教養科目をそれぞれ6科目・12単位ずつ受講しなくてはならず、最初は途方に暮れました。
 しかし勉強してみると、実は面白いということがわかってきました。それ以来、私の中に次第次第に生まれてきたイメージがあります。スクリーンを見てください。私は歴史や古典を学び直しました。哲学の講義も受けました。高校時代、今ひとつ面白いと思えなかった生物学も一から学び直してみました。授業ではありませんが、絵を見るのは好きだったので画集を買って時々眺めていました。すると、全ての勉強が結局は「人間理解」を目指して、それぞれ別な角度から追求していることになるのではないかという、自分なりの理解に至りました。このあと、私の勉強の質が変わった気がします。
 もう一人、勉強のことについて語っている青年を皆さんに是非紹介したいと思います。
 今スクリーンに出した絵は、その彼が描いた絵です。詩も書いているのですが、それよりも先にこの絵に引き寄せられました。18年前のことです。この絵は、北海道新聞社から出版された『19歳の叫び』という本の表紙を飾っていました。この色使いと表情に、そして一体何をそんなに叫びたいというのか、ということに強く心を動かされ、思わず本を手に取っていました。前書きを読んですぐ、奥井理君というこの青年は、19歳の時に前方不注意の車により、一瞬のうちに夢を絶たれてしまったことを知りました。
 しかし、遺された作者の思いを綴った文章やデッサンは今でも生きており、いくつもの心の「叫び」が本にあふれています。
 その中に「地球に生まれて」と題した詩がありました。そこには、彼の切々たる思いがほとばしるような言葉で「勉強すること」の意味について綴られていました。同い年の彼の言葉に耳を傾けてみてください。ただ、皆さんにもスクリーンの絵と共に文字を目で追って読んでもらう方がいいと思い、このような形にしました。一緒に読んでみてください。
 地球という惑星に生まれた星人。
 それが人間。
 受精から考えて18年前
 僕は夜空に広がる宇宙も
 この地球も
 人間のことすらも知りはしなかった。
 何一つ知りはしなかった。
 それが、何かの間違いで
 僕は地球星人として生まれた。
 人間には歴史があった。
 人間には社会があった。
 宇宙から見ると極めて
 奇妙な建物を
 人間みずから作り出してきた。
 地球人生は
 本当に素晴らしい。
 しかし、その素晴らしさも
 勉強することで初めて気付く。
 勉強のない地球人生は
 サルやイヌと同じだ。
 人間の素晴らしさを分かるためには
 勉強するしかない。
 勉強すればするほど
 課題がでてくる。
 限りない世界だ。
 地球人生の素晴らしさを感じるためには
 それを好きになるしか
 他はない。
 それにしても
 人間って面白い存在だと思う。
 宇宙的に見ても
 本当に面白いと思う。
 生まれてきて
 本当に良かった。
 
出典:奥井理『19歳の叫び』(北海道新聞社)

 彼は、偶然この地球上に生を受け、学ぶことで人間の素晴らしさを知ったと言っています。何も知らない状態から、人間が歩んで積み重ねてきた歴史を知り、人間自らが作り上げてきた社会の仕組みを学び、また、自然が作る造形に照らして見ると、人間は極めて奇妙にみえる建物を作り上げてきたということに思い至り、人間とは面白い存在だと気づいた、と素直に語っています。そんな18年間の人生を振り返って、「地球人生は本当に素晴らしい。」と感動の声を上げ、それは勉強することで初めて気付くことだと訴えています。さらには、勉強すればするほど、次々と、この世界あるいは宇宙についてもっと知りたい課題が生まれ、学ぶことの興味は尽きないと述べています。そして、地球人生の素晴らしさを感じるためには勉強を好きになるしかない、それ以外に方法はないんだ! と、心の底から叫んでいます。最後は
「生まれてきて 本当に良かった。」と結んでいます。最後の一言には、学ぶことにより人間や宇宙のことが理解でき、その素晴らしさを知ることができたという喜びはもちろんのこと、自分を生んでくれたご両親をはじめとして、彼の支えとなった友人、犬、恩師など、彼の存在と成長に影響を与えた全ての人・生き物に対する感謝の思いも込められていると感じました。
 皆さん、勉強することが楽しいことのように思えてきませんか? ビッグバンから始まった宇宙の成り立ちや、そこで生まれた生命、そして進化の産物である人間そのものとその行いを理解する喜びと面白さを味わってみませんか? 大学生活には、自由に使える時間がたっぷりあります。

 もう一つのお話しをさせてもらいます。
 皆さんが将来社会に出たとき、いずれ指導的立場となって人と接することが想定されます。教師になればもちろん毎日が教えることの連続です。そうでない職に就いた人でも、必ず何かを教える場面に出くわすはずです。
 そこで、「教える」という営みの根底にあるもの、あるいはその起源のことを少し考えてみたいと思います。
 ボノボという動物を知っていますか。これから話すのは、研究所で飼育されたボノボのカンジ君の話です。研究者はスー・サベージ-ランボーという女性です。
 『言葉を持った天才ザル カンジ』という、スー博士の本から、少しカンジ君の能力のことをまず紹介します。
 カンジ君は、スー博士の話をほぼ理解できます。覚えた英単語は約一千語で、日常生活に不自由しないそうです。カンジ君の方はレキシグラムという装置を使って、自分の気持ちを伝えます。その装置にはたくさんのボタンが配置され、ボタンを押すと英単語が発音されるようにつくられています。例えば、「ウォーターとチェイス」と発音されるボタンを押してからホースをジェスチャーで示すことがあります。カンジ君は何を伝えようとしているのでしょうか? 一緒に暮らしていない私たちには咄嗟にわかりませんが、ホースから水を出して口一杯に入れて追いかけてよ、と言っているのです。追いかけて水をかけてもらう遊びが大好きなのだそうです。スー博士の方は、必ず確認のために英語で言い直し、その通りだとカンジ君が嬉しそうに大声で答えるのだそうです。
 ここからは1993年のNHKスペシャルの番組を思い出しながらの話です。実際の映像をここでお見せできないのがとても残念です。皆さんの想像力に期待して話します。
 スー博士があるとき、人間の言葉が分からないカンジ君の妹のことを怒って追いかけたことがありま
す。ちょっとした加減で妹の足がスー博士の顔に当たったのです。スー博士はわざと壁を足で蹴ったりしながら、怒りをあらわにして叱りつけます。そこへカンジ君が割って入ってくるというシーンがありまし
た。一生懸命スー博士をなだめようとするのです。それは「まぁ、まぁ、落ち着いて」と言っているように見えました。人間の言葉を理解できない妹を守っているようにも思えます。
 そんなことがあって、また別の日、今度はスー博士が妹に「カンジのことを叩いてみて」とか「カンジの毛繕いをして」と話しかけてみると、カンジ君がそばに寄ってきて、妹に、スー博士はこうしろと言っているぞと、妹を叩いてみたり抱き寄せて毛繕いしてみせたりしながら、博士が求めていることを妹にさせようと教えるのです。スー博士はカンジ君に向かって「教えてくれてありがとう。」と言っていまし
た。このシーンに、私は最初涙があふれました。
 自分が理解したことを、人間の言葉を理解できない妹に教える。また、何が起こっているのか意味がわからない妹のためにスー博士をなだめようとする。おそらく、家族愛や兄弟愛といった愛情、あるいは思いやる、慈しむ、いとおしむ気持ちが外に現れて「教える」という行為になったのではないかと私は感じました。そこに「教える」ということの起源を見た気がします。
 人に教えるという立場になったとき、このカンジ君の行為を思い出してください。どんな相手だろう
と、心穏やかに、優しい気持ちで接してほしいと思います。教えるという行為の根底には愛があると思います。

 勉強のことばかり話してしまいましたが、人間、それだけで育つわけではないことを私も理解しています。サークル活動、ゼミ活動、アルバイト、留学など、様々な経験と人間関係の中で人は刺激を受けて育ちます。
 本学はそのような学生の課外活動を積極的に支援しています。また、後援会からも、学生の課外活動等には支援があります。保護者の皆様方に感謝申し上げなければなりません。後援会に対するご理解・ご協力、大変ありがとうございます。学生の皆さんのサークル活動やボランティア活動、海外研修などに後援会費を有効に使わせていただいております。本学ホームページやフェイスブックでそのような活動の報告をもっと充実させていこうと思います。時々チェックしていただけましたら幸いです。
 本日の式の後半には、その活動の一部ですが、函館校の皆さんによる英語劇を紹介する予定です。ま
た、本日のオーケストラと合唱団による音楽は、主として岩見沢校の学生さんの日頃の成果です。今後も様々な場で学生の活躍を紹介していきたいと考えています。入学された皆さんも、いろんな活動に積極的に参加しましょう。

 それでは、皆さんが充実した学生生活を送れることを祈念して、私からの式辞といたします。
 本日は本当に入学おめでとう。




 
平成28年4月2日
北海道教育大学長    蛇 穴 治 夫

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